バッテリーR&Dにおける等温マイクロカロリメトリーの概要とQA

キーワード:マイクロカロリメトリー、電気化学、熱、バッテリー、Liイオン、一次、二次、自己放電、寄生反応

MC158-JA

背景

電気エネルギーは、熱、光、化学結合、あるいは機械仕事が必要なときに必ずそれらにすぐに変換することができることから、私たちの生活の原動力となっています。携帯電話、車両、さらには各種家電製品で使用される電気のような「オフグリッド」で取得された電気を必要とする用途は増加の一途を辿っています。これらの機器の多くでは、大量のエネルギーをコンパクトなスペースに蓄える必要があります。このような背景から、充電式電池の充電サイクルの延長、有効寿命、そして安全性に重点を置いたバッテリー技術のイノベーションと開発が進められてきました。多様な化学的性質と形状を持つLiイオンバッテリーは、バッテリー駆動車や各種ポータブル機器の開発の要であると言っても過言ではありません。実際、Liイオン電池の発明者は、「再充電可能な世界を築いた」として2019年にノーベル化学賞を受賞しています。さまざまな電池化学作用の探索が進められている中、現在のところ、Liイオン電池が充電式バッテリーのR&D活動と市場の主流を占めています。

負荷条件下にあるか充電条件下にあるかを問わず、バッテリー内で生じる電気化学プロセスでは周囲との熱交換が起こります。荷電種が電池の内部を流れる際に行う作用の結果、アノードおよびカソードでの酸化還元反応や、バッテリーの有効寿命を制限する原因となるさまざまな寄生的な副反応が起こるほか、発熱も起こります。

一般的に、物質の変化を引き起こすプロセスでは、その物質の周辺との熱交換が伴います。化学的または物理的な変化の速度が速いほど、熱発生率は高くなります。等温カロリメトリーは、今日、広範な物理的、化学的、または生物学的現象に対する洞察を得るための定評ある手法です。等温マイクロカロリメーターの内部で、測定対象の供試体の温度が一定に保たれた状態で、発熱がリアルタイムで連続的にモニターされます。

等温カロリメトリーは、数十年間、主に一次バッテリー(ペースメーカーに使用されているものなど)における自己放電をモニターする目的で使用されてきました[HansenおよびHart(1978年)]。この10年間、産学両分野でのバッテリーの研究開発において、等温マイクロカロリメトリーに対する関心の著しい高まりが見られるようになりました。この活発化した活動の大部分は、二次バッテリー、特にLiイオン電池に着目してきました。

広く使用されているマイクロカロリメーターの型式は、熱伝導式または熱流式であり、バッテリー供試体を収納する着脱式サンプルベッセルを備えています。最新のマイクロカロリメトリーシステムの詳細な説明については、Suurkuusk他(2017年)をご覧ください。カロリメーターは、µKスケールの温度安定性が確保された、高度に調節された環境内に設置されます。サンプルが発熱または吸熱すると、サンプルとサーモスタット環境との間に熱エネルギーの流れが生じるため、その結果としてサンプルの温度が一定に保たれます。熱流は、サンプルと温度調節された周囲との間に設置された熱電センサーにより測定されます。

このノートの目的は、バッテリーの研究開発および品質管理における等温マイクロカロリメトリーの概要を示した上で、等温マイクロカロリメトリーの多機能性を例証し、等温マイクロカロリメトリーの可能性に対する考え方を示すことです。

発熱とバッテリープロセス

バッテリーの充放電時、発熱または吸熱を生じさせるさまざまな事象の結果として、熱が生じます。Dahnら(1985年)は、等温カロリメトリーにより、電気化学電池におけるLiのLixMo6Se8へのインターカレーションについて検討しました。Dahnらは、充電式Liイオン電池について全発熱へのさまざまな寄与を考慮したモデルを提供しました。これらの寄与は次の項によって簡単に説明されます。

PTotal(全)= PPolarization(分極)+ PEntropic(エントロピー)+ PParasitic(寄生) (1)

Dahnらの研究の狙いは、可逆的なエントロピー項を明らかにして、インターカレーション化合物のエントロピーの変化をリチウム負荷xの関数として実験的に評価することでした。Dahnらの研究の目的は、インターカレーションの理論的ガス・格子モデルを実験的に検証することでした。

分極項は発熱に関するものであり、熱力学的電圧に対する電池電圧の逸脱に関与するあらゆるプロセスを含みます。これには、電池内の電子やイオンなどの荷電種の流れなどがあります。可逆項は、充放電時の電池のエンタルピー変化—例えば、電極材の熱力学的状態がインターカレーションを受けたLiイオンの数と共に変化する—を構成します。寄生反応は、一般的に、バッテリーの有効寿命を制限する、電池の化学的性質の不可逆的変化です。上記の反応の結果発生する熱の量は、当該反応がバッテリーの有効寿命を制限する程度の直接の尺度となります。

後に上記のモデルを使用して、Liイオン電池における寄生反応の定量化の方法が等温マイクロカロリメトリーを用いて合理化されました[Krauseら(2012年)]。

自己放電

開回路条件下のバッテリーでは、自己放電プロセスに起因する低レベルの熱流が発生することがよくあります。自己放電は、バッテリーの有効寿命を短くするエネルギー損失と定義することができます。これは一次バッテリーに該当するものですが、自己放電は二次バッテリーにも起こります。二次バッテリーの自己放電は、不可逆的なものもあれば、電池の再充電時の可逆的なものもあります。多くの電池型式について自己放電のメカニズムは十分に理解されていませんが、類似のバッテリー型式で熱発生率が高いほど、そのバッテリーの寿命または再充電サイクルが短くなるという仮説が理にかなっています。

図1に、異なる製造業者2社の市販AAA NiMHバッテリーに関する自己放電熱流と累積熱曲線を示します。2つのバッテリーは、カロリメーターに導入される前に25ºCで満充電されていました。最初の3日間では、バッテリー1の方が高い放電率を示したものの、その後、2つのバッテリーからの熱流はほぼ同じレベルに落ち着いたことが読み取れます。累積熱曲線から明らかなように、5.7日後の2つのバッテリー間の放出エネルギーの差はわずか100ジュール未満です。

Roth(1999年)は、2種類のカソードインターカレーション金属酸化物化合物を用いて、Liイオン電池の自己放電を温度と充電状態 (SOC) の関数として検討しました。0~100%のSOC範囲および40~70ºCの温度区間で、自己放電プロセスの強い依存性が認められました。マイクロカロリメトリーの測定値から、LixNi0.8Co0.2O2を含む電池の反応性がLixCoO2カソードと比較して高いことが明らかになりました。さらに、検討された温度区間において、熱流出の傾向と測定された熱流との間に相関性が認められました。

HansenHart1978年)は、自己放電率が異常に高いバッテリーを排除するための迅速で信頼性の高い品質保証法を導入する目的で、ペースメーカーバッテリーの内部電力損失の特徴を明らかにしました。両氏は、酸化マグネシウム/亜鉛電池およびリチウムヨウ素電池を試験することにより、自己放電率の高いバッテリーと低いバッテリーを識別することに成功しました。両氏はさらに、バッテリーの年齢がカロリメトリーデータを解釈する際に考慮する必要のある自己放電熱流に影響を及ぼすことも指摘しました。

今では、等温マイクロカロリメーターでペースメーカーの品質試験を実施することが可能で、この試験は多くの場合、医療機器—すなわち、ペースメーカー—上で実施されます。当然のことながら、受動機器からの熱流は非常に少なく20 µW未満で、ほとんどの場合で10 µW未満です。

Figure 1. Open-circuit heat flow of commercial NiMH batteries from two different manufacturers initially charged to 100%.

閉回路測定

TAM IVTAM XLのような最新のマイクロカロリメトリーシステムを使用すると、さまざまな実験設定で閉回路条件のバッテリープロセスを測定できます。バッテリーやその他の電子部品供試体を保持する特殊設計の挿入アンプルで、導線との接続が可能です。外装電子デバイス(抵抗器など)および/またはその他の電子デバイス(電源、電圧計など)への接続のために、カロリメーターから電線が外に伸びています。これにより、充放電サイクル中のバッテリー内での発熱を測定できます。

TAM IVのようなマルチチャンネルカロリメトリープラットフォームを使用すると、複数のカロリメーターを同時に別々に使用して、バッテリーからの熱流に加え、抵抗器などの電子デバイスからの熱流も測定できます。このような測定では、発熱に関するエネルギー収支が完全なものになります。図3に、第2のカロリメーターの内部に収納された、380オーム抵抗器に接続された市販の銀酸化物コイン電池の測定から得られた熱流および累積熱を示します。

グラフから、電圧が低下すると時間の経過と共に抵抗器中の電流が低下し、同時にバッテリーの発熱が増加することが読み取れます。測定開始から約23時間後に抵抗器の熱流が0に向かって降下するときの総熱放出量は約330ジュールであり、75 mAhの残留エネルギー含量に相当します。

さまざまな充電条件での充放電サイクルの検討のための、等温マイクロカロリメトリーと高分解能電圧計および精密電流源との併用を記述するために、「電気化学カロリメトリー」という用語が採用されました[Krauseら(2012年)]。上記の実験設定により、カロリメトリーデータとクーロン効率との関連付けに加え、全熱流へのさまざまな寄与を切り分け、式1に従って定量化することも可能になります。

Figure 2. Illustration of an insertion ampoule equipped with electrical wires connected to a battery inside the measuring position of a calorimeter. Externally the wires are connected to an electronic device, a resistor, and a voltmeter.
Figure 3. Heat flow and cumulative heat from a closed-circuit measurement of a commercial silver oxide coin cell (orange traces) connected to a 380-ohm resistor placed in a second calorimeter (blue traces).

寄生反応

Krauseら(2012年)は、全発熱から寄生熱事象を切り離すことにより寄生反応を定量化する方法を記述しました。この手法は、充放電サイクル全体を測定することでした。Krauseらは、統合された電圧ヒステリシスから、分極に起因する寄与を求めた上で、充放電サイクル全体での熱流実測値からこの寄与を差し引くことができました。あるサイクルに起因する可逆的熱流がそのサイクル全体での熱流を統合したときに打ち消されることを理解すれば、残留熱は、分極効果に起因する寄与を差し引いた後の、不可逆的な寄生反応の結果となります。Krauseらは、寄生熱と活性Liの損失量との間に直線的相関性を認め、これにより、寄生反応についてエンタルピー変化を算出することができました。この事例では、エンタルピー変化は-212 kJ mol-1と推定されました。表面積が大きい黒鉛電極を用いる場合と表面積が小さい黒鉛電極を用いる場合を比較すると、前者の方が寄生エネルギーが大きいことが認められました。

Downieら(2013年)は、TAMマイクロカロリメーターをバッテリーサイクラーと組み合わせて、電解質添加剤がLiCoO2/黒鉛パウチ電池の安定性に及ぼす効果を規定の電圧範囲で定量的に検討しました。他の条件については同じままで、炭酸ビニレンの量が異なる複数の電池を使用して、低電流充放電サイクルを測定しました。その結果、添加物を含有しない対照に対する、添加物を含有する電池からの熱流の差はいずれも、添加物の効果に帰することができました。熱流に対する明らかな影響—すなわち、濃度が高いほど熱流が少なく、安定性の向上を示す—が認められました。さらに、ある濃度 (2%) を超えると、添加剤が安定性に及ぼす追加の効果はわずかであるという結論が得られ、電解質中の炭酸ビニレンの至適濃度の評価が可能となりました。

構造変化

充電中、リチウムイオンは正極から移動し、負極中にインターカレートします。その結果、結晶構造が変化します。これは、配位エントロピーに影響を及ぼすものであり、式1の第2項に相当する熱流シグナル中て検出することができます。これが可逆的プロセスであれば、充放電からのシグナルが打ち消されます。ただし、配位エントロピーは、場合によっては熱流シグナル中でより強い特徴を与えることがあり、これは、電気化学的手法では検出が難しい事象であるリチウムプレーティングと関連付けることができます[Downieら(2013年)]。

等温熱流データから、想定外の材料挙動も結晶化として明らかにすることができました。結晶化事象は非常に急激な発熱を生じさせますが、電気化学的手法ではこれを認識することはほぼ不可能です[Chevrierら(2021年)]。

安全性評価

一般的に、化学エネルギーの高密度での貯蔵には、発熱性分解の可能性に起因する安全上の危険が伴います。発熱性分解は、流出反応につながり、火災や爆発を招くおそれがあります。火薬のような高エネルギー物質の貯蔵の場合と同様に、これはバッテリーにも当てはまることがあります。一例として、Liイオン電池のエネルギー含量を増やす取り組みが行われている場合が挙げられますが、そのような場合、還元型のリチウムは、反応性が非常に高くなっています。そのような物質における発熱率は当然、起こり得る温度暴走状況を評価する際の極めて重要なパラメーターとなります。マイクロカロリメトリーは、さまざまな高エネルギー物質に適用されているような評価のための実証された手法です。あるバッテリーの充電時または再充電時のさまざまな充電状態における昇温を推定するためには、熱発生率に加え、すべてのバッテリーの熱特性を確実に見極める必要があります。バッテリーの熱容量は、マイクロカロリメトリーによって正確に算定することができる、上記の特性の1つです。図4に、バッテリー全体の典型的な「ステップ等温」測定を示します。

Figure 4. Heat flow curves illustrating a heat capacity measurement of a whole battery.

おわりに

ナノワットに迫る検出限界を備え、高度の柔軟性を持つマイクロカロリメトリー機器の開発に伴って、バッテリーの研究開発および品質管理において、カロリメトリー測定に対する関心の高まりが見られます。さまざまな形状およびサイズの広範な挿入ベッセルを使用して、コイン、AA・AAA・18650サイズのシリンダー、パウチなど、さまざまな形状のすべてのバッテリーを開回路条件下または閉回路条件下のどちらでもすぐに測定することができます。

最も高感度のTAM IVカロリメーターの検出限界では、最も小さいコイン形バッテリーにおける低い自己放電率の測定にも適応でき、非常に低い電流での充放電サイクルからの熱流の測定にも適応します。

電流源および電圧計また市販のバッテリーサイクラーと組み合わせて、寄生反応を電圧、温度、およびバッテリーの変動する化学的性質の関数としてすぐに定量することができます。

TAMシステムの柔軟性により、多数の実験設定の設計が可能となり、研究者の想像力独創性が検出限界の唯一の決め手となります。

参考文献

1. Chevrier et al (2021) Isothermal Calorimetry Evaluation of Metallurgical Silicon as a Negative Electrode Material for Li-Ion Batteries, J. Electrochem. Soc. 168
2. Downie (2013) The Impact of Electrolyte Additives Determined Using Isothermal Microcalorimetry, ECS Electrochemistry Letters, 2 (10)
3. Downie (2013) In Situ Detection of Lithium Plating on Graphite Electrodes by Electrochemical Calorimetry, Journal of The Electrochemical Society, 160 (4)
4. Hansen, L.D., and Hart (1978) The characterization of internal power losses in pacemaker batteries by calorimetry, J. Electrochem. Soc.: Electrochemical science and technology 125(6).
5. Krause, L. J., Jensen, L. D., and Dahn, J. R. (2012) Measurement of parasitic reactions in Li-ion cells by electrochemical calorimetry, J. Electrochem. Soc 159 (7).
6. Roth, E. P. (1999) Thermal Stability of Li-Ion Cells, United States. https://www.osti.gov/servlets/purl/14010.
7. Suurkuusk, J., Suurkuusk, M., and Vikegard, P. (2017) A multichannel microcalorimetric system: The third generation thermal activity monitor (TAM III), J. Therm. Anal. Calorim. 131.

謝辞

本稿は、TA Instruments社のアプリケーションサポート部のPeter Vikegard, Ph.D.が執筆しました。

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